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伝承によれば、大化年間(645年 - 650年)に、法道仙人(空鉢仙人とも呼ばれる)が国家安泰を祈願し、自ら作った薬師如来を安置し、開創したという。法道はインドから飛来したという伝説上の人物で、播磨・丹波地方には法道開基伝承をもつ寺院が多数存在する。
入母屋造、銅板葺き。桁行5間、梁間4間(「間」は長さの単位ではなく柱間の数を意味する建築用語)。室町時代中期の建立と推定される。この堂は内部構造や建築様式に特色がある。堂内は桁行1間、梁間2間を身舎(もや)とし、計6本の身舎柱が立つが、これらの柱は側柱(かわばしら、堂の外周部の柱)の柱筋とずれた位置に立っており、内外の柱筋が一致していない。身舎の桁行1間は側柱の桁行3間分の長さがある。身舎の最前列の2本の柱の間には大虹梁(だいこうりょう)を渡し、柱に差し込んだ挿肘木(さしひじき)でこれを支える。その奥の柱間には格子戸と菱欄間からなる結界を設け、仏壇はそのさらに奥、背面の廂(ひさし)部分に設ける。天井は身舎部分を棹縁(さおぶち)天井、その周囲を垂木を見せた化粧屋根裏とする。正面では前述の大虹梁を身舎桁とし、これに垂木を乗せ掛けている。身舎全体が背面寄りにずれて造られているため、背面では隅木が柱上に乗らず、身舎桁の途中で支えている。以上のような平面構成や構造は他に類例の少ないものである。様式的には、外部は和様が基調で、軒を一軒疎垂木(ひとのきまばらたるき)とし、組物は堂の四隅にのみ舟肘木を用いる簡素なつくりとする。正面の中央3間は現状では桟唐戸(さんからど)とするが、もとは和様の板戸であったと推定される。一方、内部は身舎柱に粽(ちまき)をつくる点、結界の上部を出三斗(でみつと)の詰組とする点などには禅宗様、挿肘木を用いる点には大仏様の要素がみられる。出典:ウィキペディア
蟇股・蛙股(かえるまた)- カエルが両脚を広げたような形状をしているもの。 奈良時代以降に用いられる。 厚板で出来ている板蟇股と中央を空洞とした本蟇股があり、本蟇股には時に絢爛な彫刻が施され、それ自体が鑑賞の対象となることもある
出典:ウィキペディア
広瀬栄一氏は、石岡市高浜にある酒造会社の元社長で考古学文学に造詣が深く文人との交流も数多くあります。
台東区根岸にある子規庵の戦後の再建をした寒川鼠骨との交流や再建を経済的に援助した人です。
拓本は広瀬氏が収集したものしかないと思われ大変貴重な史料です。
拓本が取れるという広瀬氏の人脈に驚嘆します。
拓本もまた文化財だと思います。
保護新聞紙は、昭和41年6月10日付 新 いはらき です。
多くの方にご覧になって戴き貴重な資料がご研究のお役に立てれば大変嬉しいです。
写真にあるスケールは全長17㎝です。
サイズは139.2×42㎝です。
状態は経年によるシミヤケや破れがあります。
発送は追跡可能なクリックポストかゆうパック80サイズを予定しています。
東北関東東海信越北陸地区の場合1200円です。